エルブルース(5642m)スキー登山3
トレーニング編 アデゥ・ズー スキーツアー
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| 年月日 |
1998年4月26日(日) |
| 天気 |
快晴 午後雲多くなる |
| タイム |
Cheget Hotel(7:40)=Adyl-su車道終点[2200m](8:20)…スキー装着(9:45/10:00)
…Refuge(10:20/10:33)…到達点[3200m](12:30/13:05)…Refuge(13:35/13:50)
…滑降終了[2500m](14:05/14:20)…Hotel Jantugan前(15:03/16:00)=Spring=Cheget Hotel(16:50)
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7時に朝食後、迎えの車で出発。少しBaksan街道を下ってから右側のアデゥ・ズーという谷に入って林道を
登っていく。Adyl-suは英語で言うとClear Waterの意味だそうだ。
途中にRescue Houseがある。ここがアレキサンドルの家にもなっていて、彼を迎え入れてさらに上流
へ走って、車が入れる所まで入ってからスキーを担いで歩き始める。
広い河原をたどっていく
正面のひときわ高い三角錐の山がJantugan Peak(3991m)
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樹林の間や谷の斜面につけられた道を歩いていくと広い河原状になって、平らな踏み跡をたどっていく。
正面にはJantugan Peak(3991m)がひときわ高く三角錐をそびえ立たせている。
Chegetkara(3667m),Germogenova(3993m),Ullukara(4302m)とピークの名前を教えてもらう。
雪の斜面をトラバースして一段上の台地状に上がったところでスキーを履いてシール登行開始。
平らな雪原を20分歩き続けて小屋前に出た。通称Green-hotelと呼んでいるようだ。
小屋の中は、カラフルで漫画チックな壁絵やお菓子の包み紙やドリンクのラベルがいちめんに
貼ってある。ランチパックのフルーツ等を食べて出発。
右側の斜面上部露岩地帯から、落石が多数落ちた跡があり、注意して通過。スキー持ったパーティが
左側の急斜面を稜線目指して登っていた。それ以外全く人の気配無し。
だんだん斜面がきつくなってくるが、せり上がってくる周囲の山々と帰りの滑りを楽しみに頑張って登る。
Iさんはまだ体調が完全復帰していないようで、途中で下って小屋で待っていてもらうことになった。
傾斜が緩くなった所で大休止。私の高度計で3220m地点だった。Yさんが登ってくるのを待って、
ここまで来れば十分、と下ることにする。
付近はぐるりと周囲を3700〜4000m級の山で囲まれ、比較的なだらかでクレバス等もあまり無く、
楽しくツアーができる氷河の谷だ。谷間の向こうにはエルブルースが富士山のようなきれいな裾を広げている。
小屋へ向けて滑降開始。はじめは雪質もまあまあで何とか回転できた。でも昨日よりは滑りにくく、
1日で新雪の状態が一変してしまうことが判る。VTR撮影もしながら楽しむが、下るにつれ雪が重くなり
疲れも出てきて私は結構転けまくった。小屋が近づくと傾斜も緩くなり一気に滑り降りるが、Yさん
はショートスキーが滑らなくなって苦労している。
小屋ではIさんが待っていた。我々が戻ってくる前に、先ほど見たロシア人のパーティーが滑ってきて、
大声で騒いでいたので何か有ったかと心配になったらしいが、単に声が大きいだけのことだったようだ。
登りでは歩いた所もなるべくスキーで下っていき、岩や木の根の上までスキーで越えて、広い河原の
末端でついにあきらめてスキーを脱いだ。ショートスキーを懸命に漕いで来るYさんを待つ。
出発点まで後方や左右の山々を振り返り見ながら歩く。アレキサンドルが無線で下山を連絡し、
さらに車道を歩いて、ホテルのような建物(荒れていて営業してない様子)の前で日光浴しながら車を待つ。
ひと寝入りしてもなかなか来ない。どうも途中工事で立ち往生しているらしいので、
また歩き出すことにすると、まもなく車に出会うことができた。
明日の予定を確認し、Iさんの為にアレキサンドルの家で携帯ガスコンロを借りて彼と別れる。
途中ミネラルスプリングを汲みに立ち寄る。たくさんのロシア人が汲みに来ていた。しかし一口飲んでみると
強烈なミネラルと炭酸で飲めたものではない。日本の温泉でもこれだけ強烈なのはめったに無いと思う。
それでもせっかく寄ってくれたので、薬だと思って用意したペットボトルに汲んで持ち帰った。
明日からお酒は控えなければならず、部屋に戻って盛り上がって飲む。
夕食の時はすでにできあがってしまい、余りよく覚えていない。
Jantugan Peak
この日の最高到達点より見上げる。見る角度によって山容が変わってくる。
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エルブルースを望む
富士山のようにきれいな裾を広げている
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