5.後日談、ペドロパブロフスク観光など
年月日 2019年7月18~23日
天気 晴れ時々曇り
タイム ビーチ(13:10)=ペトロパブロフスクホテル(13:50//14:00)=港(14:15/14:40)~[アバチャ湾クルーズ]~港(19:50/20:10)=ホテル(20:25//13:00) =マーケット近くのアパート(13:30//10:40)…ミシェンナヤ丘(11:45)…アパート(12:45/13:50)…マーケット(14:00/15:20) =ホステル24(15:50//10:00)…ニコリスカヤ丘…ホステル24(12:40/13:00)=バスターミナル(13:33/13:53) =ペトロパブロフスク・エリゾボ空港(14:25/20:10)→SU5685→ハバロフスク空港(20:50/21:20)=ホテルインツーリスト(21:40//9:30) =ハバロフスク空港(9:55/11:55)→SU4138→成田空港(13:40)

 ツアー最後に訪れたビーチは、ガイドブックに載ってなくて場所も名前も不明であるが、地元ではサーフィンのメッカで朝にはたくさんのサーファーが海に出ていた。私は付近をぶらぶら散歩するぐらいしかなかったが、霧がでてしまい景色を楽しめる所でも無かった。他のメンバーはあまり海に縁のない所に住んでいることもあってそこそこ楽しめた様だ。サーフィンの体験レッスンに参加しているメンバーもいた。そしてタクシーに分乗して待ち望んだペトロパブロフスクホテルへ帰ってきた。シャワー・洗濯・買い物・街での食事、と用事を済ませるまでは良かったのだが、、、

アバチャ湾クルーズでは岩場の前に停泊して魚料理が振舞われる
三人兄弟の岩と2つの火山(コリャークスキーとアバチャ)

 次の日はフリーだったので、この街の観光で一番人気とされるアバチャ湾クルーズをホテルで申し込んだ。ところがその後突然腹の調子が悪くなり、体もだるくて熱っぽい感じ。昨日牛肉のバーベキューを食べ過ぎたのがいけなかったのか。部屋でゆっくり休んでから、同じクルーズに申し込んだ男性とタクシーで港へ。5時間の乗船中何回もトイレに行く羽目になり、クルーズを楽しむどころではなかった。天気が良く、海から臨む山の景観だけは見逃さないようにするも、食欲もなくてふるまわれた料理には手が付けられず、断崖の前で停泊しての釣りにも参加せず、せっかくのクルーズは台無し。さらにホテルで一晩寝ても体調は回復せず、翌朝から別のツアー会社で2日間でのゴールレイ火山とムトノフスキー火山のトレッキングに申し込んでいたのだが、それほどハードなトレッキングではないものの、無理と判断してキャンセルした。火山もずいぶん見れたのでまあ似たようなものだろうと諦めるが、払い込んだ費用はパーだしせっかく計画したのに残念極まりない。4日間追加でもう少しペトロパブロフスク周辺を楽しむという考えは悲劇と化した。
セントラルマーケット近くのカラフルなアパート
マーケットの魚コーナーには沢山の燻製が並ぶ

 宿を確保してないので、急遽BOOKING.COMでセントラルマーケット近くのアパートを予約した。管理人は入力した時間に現れず待ちぼうけ、自分の携帯が設定ミスで繋がらず、近くの売店にいたおばさんが心配して電話してくれ、30分以上待ってやっと管理人に会えた。ほとんど寝たきり状態ながら、夕食はマーケット内にあったカムチャツカラーメンにトライすると、日本風で正解であった。朝もマーケットで、食べられそうなフルーツ・パン・コーヒーを調達、体調も多少回復してきたので近くのミシェンナヤ丘の頂上まで散策に行く。教えてもらったGPSアプリが、こんなところのトレールも判って役に立った。
ニコリスカヤ丘からアバチャ湾を眺める
最終日は、初日に歩いていった歴史地区にあるユースホステルの1人部屋を予約していた。隣の博物館を見た後、近くにある日本食の京都レストランで寿司セットを注文。ロシアサイズで食べきれない分は持ち帰り用に包んでくれた。朝はゆっくりと、代表的な観光スポットのニコリスカヤ丘を散策。天気も良く観光客や地元の人が多く訪れていた。路線バスの番号をおしえてもらって、バスターミナルで乗り継いで空港へ向かい、だいぶ詳しくなったペトロパブロフスクの街を去る。
 飛行機は3時間も遅れたので、ハバロフスクで街の様子を見られるかと思ったが、到着が遅くなってしまった。インツーリストホテルは建物が古いけれども、アムール川の夜景が見られホテルの食事も悪くない。朝食前に、アムール川から繁華街のアムールスキー並木通りなどを歩いた。通りを走る市電に乗るとホテルのそばへ戻って来られる。人々は無言で行き交い、何か重苦しい街の雰囲気にどんよりと雲が立ち込めるあいにくの天気が拍車をかけていた。空港まで手配してもらったタクシーの運転手は、この方向へ道路と鉄道がモスクワまで続いている、などとよくしゃべる。モスクワより日本の方がずっと近く3時間かからずに到着。帰国後もしばらく腹の不調が続き、こんなに長引いたのは初めてだ。一番怪しいのは食べ物、あとは疲れとかメインイベント後に緊張がゆるんだこともあるかもしれない。年齢を重ねても今後も海外登山を続けていきたいので、体調維持のための注意を怠ってはいけないと思い知らされたロシアの旅であった。

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