Iさんはスキーは置いてツボ足、Yさんはショートスキー私とガイドは山スキーで、シール登行。 既に小屋を先に出発した数パーティが上を目指しているのが見える。 3日前に到達した平らなプレーンを抜けると、雪が切れた岩場になり私とYさんはスキーを担いだ。 アレキサンドルは横の急な斜面を廻ってシールのまま登っている。この上がPastukhov rocksで、 金属製の目印が立てられている。ここまでで3時間費やし、ペースはあまりはかどっていない。 この上はさらに傾斜が急のようだし、スキーの重さもこたえるので、私はここでスキーをデポすることにした。 KAZAMAの重い山板にもおさらばして、もっと軽量化をはかるべきかと思わされる。 Yさんはそのままショートスキーを担いで登る。部分的にクラストして滑るのでアイゼンを装着。先行パーティ の踏み跡がある点は楽だが、ラッセル状態で所々不安定でもあり、一歩一歩慎重に歩く。 アレキサンドルはこの傾斜をものともせずスキーを履いたままである。バランスの問題だろうが、 シールの性能も違うんだろうか。 東峰がせまるにつれルートは少しずつ左に反れるようになり、傾斜も若干緩くなってくる。 高度の影響かペースは上がらず、最後尾のYさんが見えなくなると時々待つ。時計を見てびっくり、 もう1時をまわろうとしている。とにかくサドルまでたどり着かないと話にならない。 アレキサンドルがこの辺りから東峰へのルートがあると説明してくれた。人が登った様子は無い。 力を振り絞って登り切ると、硫黄の臭いがして、眼下の氷河をへだてて西峰の全体が見渡せるように なる。頂上は横に細長くのっぺりしている。あとは東峰の斜面をほぼ平らにトラバースを続けるが、これがまた長い。 やっと広い平坦部の一角に到着。左に壊れた避難小屋があり、ガイドがそこまですぅーと滑っていって休んでいる。 この小屋の位置がサドルなのだそうだ。 多くのパーティはここまで到達する以前に引き返した様子。どう考えてもこのペースで西峰にアタック するのは無理なので、我々もここで引き返すことでみんな納得。私はこの先、平坦部でいちばん高そうな位置まで トレースをたどって行ってみた。トレースはこの先は無く、前日もこの日も誰も頂上へ行っていないことが判った。 先行の2人組が東峰の方へ向かっていったが、上まで行く様子は無い。両側はただただ広い雪の斜面が 立ちはだかり、このサドルを到達点とするにはちょっとつまらない場所であった。 下りはガイドとYさんが滑降、私とIさんは踏跡を忠実にたどってアイゼンで歩く。午前中に比べて 雪が腐って足をとられるので歩きにくい。滑降組も重い雪質に悩まされている模様で、ゆっくり 歩き組とほぼ同じペースで下っている。私は途中足がつってきて参った。膝を曲げるとつるので、 踏み跡をくずしながら靴滑りも交えて下る。 Pastukhov rocks付近では、何張りかのテントが張られていた。今日途中で引き返したパーティ が含まれるのだろうか。ここからは私もスキーの仲間入り。ガイドの指示で岩場の部分はスキーを 担いで歩き、その下から滑降に入る。歩くのも滑るのもしんどいのは変わらない。スキーが重い雪に すっぽりもぐって全く曲がらない最悪の状態だ。すぐ下まで何と雪上車が上がってきた跡があり (テントのパーティだろう)、そのキャタピラ跡を滑るとだいぶましだ。 休み休みしながら疲れた体でショートターンを繰り返す。 小屋には6時到着、11時間行動で疲れたが頂上へ行かなかった分アコンカグアよりは短くて 楽であった。Iさんは到着後寝込んでしまう。アレキサンドルがコニャックを持ってきて、 部屋でCongratulation! と乾杯。私も食欲無かったが、コニャックを飲むと体が暖まり、食欲も 元気も出てきた。ご飯とサラダの夕食を食べながらしばし懇談。
小屋から下のスキー滑降は前回より雪質悪く、私は雪上車の通った跡を少しでもはずれると決して曲がらず
転けるしかない状態だった。Yさんは別格で、雪を割りながら絶妙のバランスでの滑りを見せてくれた
(ショートスキーだから可能?だとも言っていた)。
途中で下りの雪上車に荷物を載せてもらうことができ、楽になる。
あとは往路をもどっていくだけである。この日、コーカサス地方は大変良い天気となり、
朝の車窓からエルブルースをはじめとする雪の峰々が美しかった。この地にも別れを告げ、
モスクワからの飛行機の出発が1時間半程度遅れた以外、心配していたトラブルも特に無く
帰国することができた。
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