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| 【チンボラソ初登ルートのウインパー稜で高所順応】 |
| 年月日 |
1996年1月1日(月) |
| タイム |
ホテルモンテカルロ(8:40)=登山口[4800m](11:20/11:40)…ウインパー小屋[5000m](12:14/12:52)
…ウインパー稜コル[5400m](14:34/14:50) …登山口(15:43/16:00)
=故障車救援STOP(16:15/17:15)=ホテルモンテカルロ(18:45)
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夕陽に染まるチンボラソ
| リオバンバ郊外からのチンボラソ
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双耳峰のカリワイラッソ山
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お正月のこの日、朝は好天に恵まれ再び登山口へ向かう途中牧場からのチンボラソ峰がくっきり。双耳峰のカリワイラッソ山もすばらしい。気分良くドライブを楽しんでいると、途中バスがエンジントラブルで立ち往生、見かけはカラフルでもFORDのバスは性能は悪い。
高所順応を確実にするため、西村氏は予備日も使ってこの日もリオバンバに宿泊することに計画変更した。ウインパー小屋からウインパー稜へ向けて登り、ピナクル下のコル、約5400mまでキックステップで往復した。頂上方面はまたガスに包まれてしまい、尾根途中の氷柱の下がる岩壁から上は残念ながら見えない。登頂の際は、別の最も一般的な西稜ルートを取る。ホテルに戻る途中、登ってきた別の車が故障してStopしていた。我々の車が手助けすることになり、乗客を終点まで運んで戻ってくる間、我々は付近で待っていた。1時間程、退屈だし寒いのであたりをうろうろ歩き回ったりしていた。
| 【いよいよ本番の高所滞在】 |
| 年月日 |
1996年1月2日(火) |
| タイム |
ホテルモンテカルロ(8:30)=登山口 (10:20/11:05)…ウインパー小屋(11:42)…氷河の下 [5200m](12:55/13:05)…登山口小屋[4800m](14:00)
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通い慣れた道を再び登山口へ。宿泊は少しでも低い方がよいと、ウインパー小屋でなく4800mの小屋に泊まることになった(登頂の標高差が200m増えてしまうがどっちが有利なんだろうか)。きょうはきのうより軽く高度順応。明日の予定ルートを5200m付近まで往復。岩のゴロゴロした道を歩いて氷河末端の真下まで達した。つららが無数に連なりこの先は容易には人を寄せ付けないと牙をむいているようだ。実際ここからはザイルとアイゼンが必要になる。ガスがかかり時々晴れ間がのぞく。
小屋に戻り、登頂のサポートしてくれる若いフェルナンド,ディエゴも到着。4800mの宿泊は、さすがに高度障害が顕著にあらわれ、小屋の中でじっとしていると頭が痛くなり吐き気もでてくる。外へ出て深呼吸するとだいぶ楽になる。控えめの食事の後、早めに横になるがあまり寝付かれない。
氷河の下まで高所順応
| つららが無数に連なる氷河の末端
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| 【15時間の苦闘 フラフラの登頂】 |
| 年月日 |
1996年1月3日(水) |
| タイム |
登山口小屋(0:25)…ウインパー小屋(1:07/1:12)…氷河下[アンザイレン](2:25/2:40)…チンボラソ西峰 [6267m](8:55/9:05)…登山口(15:10/16:00)=ホテルモンテカルロ(18:00)
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午前0時起床、パンと紅茶を軽く頂いていよいよアタックに出発。昨日の氷河下にてアイゼン装着、3パーティーに別れアンザイレンする。夜明け前、ひたすら前の人に続いて歩く。私は3人の真ん中に入り、前後とのロープ長調整や斜め登行でのピッケルの持ち換えなど、雪山とザイルワークに慣れていないので余分に疲れる感じ。高度のせいかもしれないが、事前に最近のザイルワークの練習をしていなかったのは反省。
ルートには赤旗が立っていてトレースも有り、ひたすら雪稜歩きを続ける。明るくなっても周囲には山も見えず、高度が上がるにつれ苦しさは増すばかりだ。途中Sさんがリタイヤしてガイド1名と下山してしまった。ピッケルに体重をあずけて立ち止まることが多くなる。そしてまた力を振りしぼって歩く。その繰り返しだ。上部も広い尾根が続きクレバスも要注意の場所であるが、気にしている余裕無く一歩ずつ上へ上がることしか考えられない。
傾斜が緩くなりたどり着いた平坦地が西峰頂上と告げられる。最高点のウインパー峰へは標高差はわずか50mだが、距離は結構離れているため、時間的にここで引き返すことになった。天候も悪化傾向で何も見えない。風はさほど強くない。下山は2パーティーに別れて、西村・O・T・Fさんは元気に先に下っていった。Hさんと私はロムロに付き添われて慎重に下山。クレバス地帯では、スタカット方式(1人が確保して1人ずつ歩く)を取ったので時間がかかった。先行のイタリー人男女から、一時我々のザイルに混ぜて欲しいと頼まれて一緒に下る。
雪が降り始め雷まで鳴り出した。トレースが消えがちになり、1度は道を外してしまい、また時間を食う。西稜のコルからは、登りの際暗くて周囲はわからなかったトラバースルートを、こんなところだったんだ、と思いながら行く。左下は氷河末端の氷壁になっていて、結構緊張する。往きは見えない分緊張しないで済んだわけだ。ウインパー小屋では、我々が遅いので先行隊が心配して待っていた(無線連絡はついていた)。彼らは走るようにして12時にはここに下山したというので、その元気さには敬服する。ともあれ登頂の祝福を受けて帰路に着いた。私は疲れに加えて熱も出てきて、夕食はビール以外は何も受け付けなかった。
| 【エクアドル第二の火山コトパクシを観光してキトーへ戻る】 |
| 年月日 |
1996年1月4日(木) |
| タイム |
ホテルモンテカルロ(8:15)=コトパクシ国立公園ゲート(11:40)=コトパクシ登山口(12:55) …小屋(13:25/13:55)…登山口(14:05/14:20)=ホテルキトー(17:23)
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コトパクシの山小屋へ
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体調も回復し、リオバンバの町に別れを告げる。帰りはコトパクシ国立公園のゲートを抜け、荒涼とした台地を走って登山口まで登る。湖があるサドルの平原の反対は岩山のルムニアウイ,正面は雲に覆われた円錐形のコトパクシ(5897m)。アンティサーナ方面も雲間から少し覗く。観光の車が結構多かった。駐車場から標高4800mの小屋までひと登り、高度に慣れた体には楽勝だ。小屋ではガイドブックや記念品なども売られていてお土産になりそうなものを探す。車で戻る途中晴れ間が出て、コトパクシ頂上が見えそうになり全員で記念撮影。しかしとうとう頂上は姿を見せなかった。キトーに戻り、アルパカセーターなどの土産の買い物とイタリア料理で最後の夜を過ごした。
| 【思い出と反省を残して帰国】 |
| 年月日 |
1996年1月5日(金)〜7日(日) |
| タイム |
ホテルキトー(7:15)=キトー空港(7:30/9:50)→(AA966)→マイアミ(13:45) エアポートホテル泊//
マイアミ(7:50)→(AA027) →シアトル(11:40/13:15)→成田空港(15:30)
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帰路もマイアミで一泊、旅の疲れがとれるのは良いが少々退屈。屋上でプールに入ったりジョギングしたり。翌日は西村氏がオーバーブッキングで飛行機に乗れず一日後の便になるハプニングがあったが、我々は予定通り帰国できた。
キリマンジャロのウルフピークを抜いて自分の最高到達高度を6000m以上に更新できたことは、今回の最大の成果である。旅行としては初めてのアンデスを堪能できた。しかし天候に今一つ恵まれなかったこともあり、山を楽しむと言う点では、ただ苦しんで登っただけになってしまった。冬山に対する自分の実力と体力の不足を感じた山行であり、願わくば日本の山でトレーニングを積んでから行った方が楽しめたに違いない。
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