アプローチ〜登頂で紹介した以外の日々は、高所順応の為に少しずつ高度を上げては
その高度に滞在することの繰り返しです。B/Cより上は、一度タッチした後下山し
二度目にその高度に泊まるという、順応の基本が徹底されました。
アコンカグア南壁を見上げる
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12月29日 快晴
プラザ・コンフランシア3370m(10:00)…南壁B/Cの下4000m(13:32/14:28)
…プラザ・コンフランシア(16:20)
陽気なアルゼンティーナのトレッカーたちが目立つコンフランシアで1日滞在、ここ
からアコンカグアB/Cへの道と別れ南壁B/Cへ向かう道を往復した。アコンカグア
の最も美しい姿を望む、トレッキングのハイライトコースである。
左に沢を見下ろしながら高度を上げていく。沢の流れの両岸が岩塩の為白く変色して
いる。右にはセロ・アルマセネスの見事な地層模様が見上げられ、正面には褐色のピー
クの右側に南壁が少しずつ姿を表してきてわくわくする。左手は氷河となり、所々赤茶
色の氷河湖を見ることができる。道がほぼ平らになりわずか下るようになる付近で、南
壁のほぼ全体が正面に広がる。幾筋も折り重なった岩と雪の壁、その上に丸い緩やかな
北峰と急峻な南峰が横たわっている。壁の迫力とともにどっしり構えた山の大きさに魅
了される。頂上まで壁の高さは3000m、これからたどる道のりに思いを馳せる。この付
近から後方には、頂上部に広い氷河が形成されたチリ国境のロンカルリ(6100m)という
雪山がせり上がって望める。
コンフランシアへ往路を戻る。メンバー全員ほぼ問題なく、楽しみながら高度を稼ぐ
ことができた。キャンプ地のそばを流れる沢の水は、朝は澄んでいたのに帰ったときは
泥の洪水と化していた。気温差が大きく上流の雪解けが急激に起こるためらしい。
12月31日 晴れ(風強い)一時曇り・小雪
B/C4300m滞在〜散歩
B/C入りの翌日は休養日。B/Cでは現地ツアー会社が食事を全部準備してくれる
(詳しくは次回書く予定です)。昨日到着後フーゴ(粉ジュース)を飲んでから、お腹
の具合が悪い。高度障害の影響もあると見られるが、生水は飲まないことに決めた。他
のメンバーも、胃がむかつくとかだるいとか食欲が無いなど、何かしら不調を訴える人
が多い。それぞれ弱いところに症状が出てくるようだ。
遠藤さんによると、具合が悪いからと寝ているより、ゆっくり運動した方が早く順応
できるという。調子悪いからと、付近の丘を何度も散歩して回っている人もいた。そう
いう人は結構元気な証拠だ。午後天候が回復してきたので全員で散歩、遠藤さんから明
日以降の登山ルートや周囲の山を解説してもらう。アコンカグア頂上がどれなのか、な
かなかわからなかった。手前の岩峰の方が高く見えるので、「エッ」と意外なほど左に
小さく見えるのが北峰最高点である。
1月1日 快晴
B/C(10:25)…コングウエイ岩(11:50/12:10)
…カナディアンキャンプ4900m(13:45/14:20)…B/C(15:10)
大晦日の夜はワイン有り,年越しそば有りで満腹、前日は良く寝れなかったこともあ
ってぐっすり寝る。アルコールは順応を遅らすと言いB/C初日は絶ってみたが、やっ
ぱり欠かせない。
この日はC1まで行かずに、砂走り大斜面途中の右手の台地上キャンプ地4900mを目
標とした。登るにつれ頭痛が気になってきて、深呼吸を行うと楽になる。食欲のないI
さんやお腹が治らないFさん、プラブーツの足慣らしで歩きにくそうなYaさん含め全
員クリア。個人的にはC1まで行ってしまいたい気がしたがあせりは禁物。
調子の悪いFさんとIさんは、B/Cのドクターのところへ行った。Fさんは
お腹の薬をもらったら一発で治ったとのこと。私もその薬を非常用にもらいたいと
思ったが、劇薬の為その場で飲む分しか絶対よこさないとのこと。一方Iさんは食事を
普通にとれるようになるまでドクターストップがかかった。
C1からベースキャンプへ下る
正面の山はセロ・カテドラル
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1月2日 快晴
B/C(9:00)…コングウエイ岩(10:33/10:42)…C1 5200m(13:53/14:40)
…B/C(15:28)
Iさんはまだ十分には回復していないが、順応なので無理しない条件で遠藤さんより
行動OKがおりた。昨日は一団となって登った同じ道を、時々パーティと離れて自分で
ペースを作ってみながら登る。C1は砂斜面上部の傾斜がゆるくなった所にある為、下
からは見上げられない。昨日分岐したところから、ゆっくりで1時間半かけ全員到着。
深呼吸を繰り返し落ち着いたところで付近を散歩して回り、食料や衣類をデポして下る。
Iさんの食欲が少しずつ回復してきて一安心。
1月3日 快晴
B/C滞在
B/Cの高度にはかなり慣れてきて、最初の休養日に比べてだいぶ余裕が出てきた。
明日からは日本から持参した食料(ジフィーズやラーメンなど)を自分たちで炊事する
ことになっており、食料の分類整理を手伝う。余った分を昼から調理して食べ満腹。
B/C探検に出かけたり、洗濯する人シャワーを浴びに行く人など思い思いに。その後
テントの前でビールを飲みながら雑談。
1月4日 快晴(風やや強い)
B/C(9:50)…コングウエイ岩(11:12/11:24)…C1(14:30)〜散歩
次のステップであるC2タッチの為に、C1まで入って一泊する日。共同装備はポー
ターが上げてくれる。ポーターは我々の2倍位のペースで登っていき、二往復くらい難
なくこなすらしい。私は個人装備だけでも、プラブーツやダブルにしたシュラフや羽毛
服などでかさばって、結構重たくなった。プラブーツは初めから履いていく手もある
が、Yaさんが歩きにくそうだったのを見て、やはりトレッキングシューズにした。あ
らかじめ個人装備のポーターを頼むことができたが、ポーターの人数が少ないため荷物
をまとめたりするのがめんどう。訓練にもなるしやはり自分で持った方が気が楽だ。
C1は風が強く、テント場の整地から設営・水くみがなかなか大変。落ち着くまで2
時間位かかった。こちらでは白ガスが手に入らないとかで、ベンジンを燃料にしたコン
ロを使用する。このコンロは今一つ火力が頼りない感じがする。この夜は、私が過去宿
泊した最高高度を更新することになり、予想通りかなり寝苦しい思いをした。
1月5日 快晴
C1(9:48)…ニード・デ・コンドル(10:42/10:55)…C2 5800m〜散歩(12:55/13:43)
…C1(14:40/15:20)…B/C(16:20)
テントをC1に張ったまま、C2タッチしてB/Cまで下山。C1から上は保温の為
プラブーツを使用。ニード・デ・コンドルから2ピッチでC2に達したが、最後のピッ
チは長かったので結構きいた。到着後しばらくは、深呼吸して休んでいることしか出来
なかった。しだいに回復し行動食を食べてから、頂上へのルートを20分ほど順応のた
め登ってみる。C2のすぐ上はちょっとした岩場もある急な登りになっている。
めでたく全員がC2に到達出来て、アタックの為にC2に宿泊する権利を得た。C1
のテント内にシュラフやプラブーツや冬装をデポしてB/Cへ下山。
1月6日 晴れ
B/C滞在〜Refugio(Hotel)往復
最終アタックに備えた休養日。やや雲が多かったので、洗濯とシャワーは止めにした。
昼前に7名程で連れだってセロ・ボネットの方向に建っている山小屋(通称Hotel)ま
で散歩に行った。中の造りは、部屋が並んでいて確かにHotelという感じ、一泊$50程
で泊まれるとのこと。午後は明日からのアタックに供えて、散歩もせずのんびりと過ご
す。
1月7日 雲り(風強い)時々晴れ
B/C滞在
悪天候(といっても降水は無し)の為アタック出発が1日延期になった。前回も記し
たように、この日は私は風邪気味のような、体がだるく少し熱っぽい症状で、正直言っ
て延期になって助かった。暇なのでごろ寝して本を読んだりして過ごす。もう少し体を
動かしていた方が良かったようだ。
順応で下山してきたパーティから、C1の我々のテントが1張り風で飛ばされたと、
リトさんの知人のガイドからの情報あり(リトさんはここでは顔が広い)。自分の個人
装をデポしたテントだったらと一瞬ヒヤッとしたが、主に食料がデポしてあったテント
だとわかる。テントは凧のように飛んでいったのだろうか。遠藤さんが急遽テントと追
加の食料の荷揚げ手配をすることになった。